Peter Maerkliとの出会い

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先日、近代美術館での展覧会で日本を訪れているメルクリさんが、南洋堂に絵を描くというので突然、彼と会うチャンスが訪れました。論文をやっていた頃どうしたら彼とコンタクトがとれるのだろうと思ったことを懐かしく思います。師匠が舞い降りてきた感覚です。スイスへ行けばどこかで会うかなと思っていましたが、意外や以外こんなところでこんな瞬間に立ち会うことができました。
店長が直接会場で直談判したらしいのです。そしてこの一大イベントへお誘いしていただきました。

スケッチを見るとわかりますが、やっぱり丘のてっぺんから少しずらしで建てるのがいいんですよね。メルクリさんといいたくなるスケッチです。

彼が絵を描いている最中、少しメルクリの奥さんと外でお話しました。
「南洋堂の改修に際し、入口を塞いでもいいかどうか、彫刻の家を改めて見に行くまでして決めたんですよ。」というと、「あのアプローチいいでしょ」とおっしゃってました。南洋堂の店長から「菊地くんのレクチャーでガラスに絵を描くアイディアがなかったらこれもなかったかも。」といわれ、あー、こんなすばらしいことが起こるんだったら、レクチャー前にガラスに絵を描くべきかどうかなんてつまらないことを悩まなければよかったと思ってしまいます。

彼と行動をともにしていた青木さんと会場構成を担当した西澤くんと外で彼が描く姿をみながらいろいろあーでもないこーでもないとリアルタイムに描かれていくスケッチの行く先について話したりしました。

『建築がうまれるとき  ペーター・メルクリと青木淳』
http://www.momat.go.jp/Honkan/Maerkli_Aoki/index.html

帰り際、ぼくの作品集を恥ずかしながら彼にさしあげました。



よく、Peter Maerkliについて聞かれることがあるので、ここに少し私の興味を紹介します。

実は、彼の作品を知ったのは、大学4年生のとき。スイス建築が「表層」という亡霊のような言葉で世界的に紹介されるなか、彫刻の家もスイス建築として雑誌(a+u)に紹介されたのが始まりです。そしてその直後97年にスイス建築旅行に私は出かけるわけですが、そこで初めて彼の作品と出会うことになります。それから2度ほど彫刻の家を訪問していますが、とても幸せな光空間がそこにはあります。大学時代に研究テーマにしていた光空間でも、彼の作品が研究テーマの骨格となっていましたが、今直、「彫刻の家」で展開される同一平面形状の二室の天井高の差異だけで、どうして床面付近に到達する光量があれほど変化してしまうのか、マジックを見ているようで不思議でたまりません。しかも、通常谷間の明るさをみたときに、谷は深ければ深いほど光がどんどん到達せずに暗くなるのに対し、あそこで展開されるニ室の明るさの差異は天井高の低い、ようするにトップライトが空から遠い(谷として深い)ほうの部屋のほうが明るくなるというランドスケープに見られる谷間のグラデーションとは相反する光の状態がそこにはおきています。部屋の気積の小ささが明るさを押し上げているのです。空間は押しつぶすことによって明るくなるのです。不思議ですね。
建築は外部条件に強く支配されると思っている中、それをたったあの小さい空間で裏切ってくれたこの作品は、多く語られなくなった空間の問題をまた一から真剣に取り扱わないといけないと思い知らさせる出来事でした。彼がスイス建築を亡霊から本当の建築の問題へと押し上げたのも事実ですし、図式&スーパーフラットという高さの概念がどこかへいってしまった亡霊がこの作品によって完全に崩れ去ることにもなります。






リンク
97年のスイス旅行記

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